東欧旅行記①:セルビアの歴史

今回、友人のしょうへい君が記事を書いてくれました。
全5回に渡ってセルビア・コソボ・ボスニア・クロアチアを紹介して頂きます。

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【プロフィール】
しょうへい

大学では現代東欧史を専攻しドイツ、スペイン、セルビアなどヨーロッパを中心にバックパッカーで旅をする。

unusualのシュンとは大学の友人であり旅仲間。一緒に「20万でヨーロッパ1か月」、「ママチャリで東日本制覇」など。

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まえがき

こんにちは。
今回友人として、記事を書かせていただくことになりました。
ここでは私が旅した東欧諸国(2014年2~3月)を、歴史を振り返りながら、全5回にわたって紹介していきます。

ヨーロッパと言えば皆さんイメージするのはフランスやイギリス、ドイツなど、世界の国々をリードする先進諸国でしょう。

しかしですね、ヨーロッパにはそうした国々とは少し違う、ほんの数年前まで紛争が絶えず、現在でもその火種が消えない地域もあるのです。
それがセルビアやボスニア、アルバニアなどで構成される東ヨーロッパと言われる場所です。

大学ではこの地域のことに関して勉強してきたので、行ってみたくてウズウズしてたんですよね。
なので、私が実際に行って、見てきた現地の様子を、勉強してきた歴史を交えながら紹介していきたいなと思ってます!!
できるだけわかりやすく書いていくつもりなのでお付き合いください。

セルビアって?

セルビアの旗

セルビア基本情報

  • 首都:ベオグラード
  • 人口:約900万人(コソボを除くと約720万人)〈2013年〉
  • 通貨:ディナール
  • 民族構成:セルビア人が8割を占め、その他アルバニア人やハンガリー人も(コソボではアルバニア人が9割以上)
  • 宗教:セルビア正教、イスラム教

さて!東欧を巡る旅はアブダビを経由してセルビアの首都ベオグラードに着いたところでスタート!
ちなみにこんな所にあります。

到着したとたん、洗礼を浴びます。
この先の旅の行く末を案じました。

これはいわゆる「キリル文字」といって、スラヴ系の多い、東欧文化圏で使われている文字です。
ロシアとかでもこの文字が使われていますよ。
これで英語が得意でない私は、目からも耳からも情報を手に入れることができなくなってしまいました。

さて、空港からバスに乗って20分ぐらいで、街の中心に着きます。
そしてお昼過ぎにホステルに到着しました。
セルビアではもてなしの方法として「ラキヤ」というアルコール度数40のお酒を振る舞うのが一般的なようで、お酒に強くない私はその後ことある毎にこれに苦しめられるわけです。

ここで出会ったのがトルコから来た2人

トルコ料理を紹介してくれると言うので一路中心街へ

トルコでは食事の際、飲み物にヨーグルトをチョイスすることに驚きました。
この飲むヨーグルトは全く甘くないです。
香辛料のたっぷり効いたトルコ料理を食べる時はこのヨーグルトで口をさっぱりさせながら、というのが一般的なのだそう。

ちょっとした歴史の話

セルビアのことって高校とかではなかなか習う機会がないと思うので、この国をちょっとでも知ってもらうために、これまでどんな歴史を歩んできたか簡単に紹介します。

~建国~

セルビア人はこの地に移り住んできた当初から、当時の大帝国「ビザンツ帝国」の支配を受けてきました。しかし、ビザンツ帝国の衰退と共に独立を果たし、大きな王国を築いていったのです。
セルビア人の多くが信仰する「セルビア正教」はビザンツの影響を受けたものです。

~運命の分かれ道~

王国を築き、一時はギリシャにまで領土を拡大したセルビアですが、14世紀の「コソボの戦い」で、当時勢力を伸ばしつつあったオスマン帝国に敗れてしまったことがその後の運命を決定づけてしまいました。
これ以降、セルビアを含む、バルカン半島の大部分はオスマン帝国の支配下に入ってしまいます。
これについては次回以降に「コソボ問題」の中で取り上げます。

ちなみにビザンツ帝国とは古代ローマ帝国から分裂した、現在のトルコあたりを拠点とする国家です。
そのビザンツ帝国を滅ぼして新たにトルコに進出したのがオスマン帝国でした。

~世界大戦前夜~

近代になると、セルビアを支配していたオスマン帝国が衰退し、さらに「民族主義」という考え方が出てくるようになりました。

  • ロシアやセルビアなどスラブ人国家を筆頭とする汎(パン)スラブ主義(ちなみにセルビアの国旗にも使われている、・白 の三色は「汎スラブ色」といいます。)
  • ドイツやオーストリアなどゲルマン人国家を筆頭とする汎(パン)ゲルマン主義

両者の対立がセルビアなどが位置するバルカン半島を「ヨーロッパの火薬庫」とまで言わせてしまうことになったのでした…

~世界大戦とユーゴスラビア~

そんな民族主義のぶつかり合いから、世界中の国が総力戦でもってぶつかり合う第一次世界大戦へと発展していきます。
実は第一次世界大戦って最初は「サラエボ事件」をきっかけにしたセルビアとオーストリアの戦いだったんです。
それに各国が味方し合って、世界中を巻き込んでしまったんですね。
そして第一次世界大戦後、セルビアを中心としたユーゴスラビアという国の基礎が生まれてくることになります。
しかし、これは全く異質なもの同士を無理矢理くっつけたような国家。そのユーゴスラビアの異質さを表した、こんなかぞえ唄があります。

7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言葉、3つの宗教、2つの文字、1つの国家

当然反発が反発を呼び、現代になって多くの国が内乱と共に独立を達成し、ばらばらに国家を作って今に至っていますが、現在でも多くの問題を抱えて紛争が絶えません。

首都ベオグラードのちょっと良いとこ

ご飯を食べた後は歩いてカレメグダンの丘に行きます。
ここには昔の城壁やら大砲やらがあったりします。


この大砲エリアはそんなにオススメじゃなくて、大砲エリアを抜けた、丘の頂上がちょっと良いとこなのです。
ここは地元の人たちの憩いの地になっているようで、友達や家族と思い思いの時間を過ごしていました。

そこでは長いフライトでくたびれた体と心を癒やしてくれるようなゆっくりとした時間が流れていました。

あと、セルビアの物価はヨーロッパの中ではとても安いです。
だいたい安いユースホステルなら1000円ぐらいで泊まれますよ。
しかも総菜パンとかも50円、60円ぐらいで買えた気がします。

おまけ

そういえばホステルのママからこんな話を聞きました
ママがフランスからスペインに向かう列車に乗っていた時、係員からパスポートの提示を求められ、
「ようやくスペインに入るのね」
そう係員に話しかけたところ、
係「アンドラです」
ママ「スペインじゃなくて?」
係「アンドラです」

ママ「アンドラってどこよwこの人何言っちゃってんのって思ったわw」

そんな話を聞いて、私の地元、東大和市に思いを馳せました。
東京なのに東京の人からも忘れ去られた地……

何のことか分からないと思うのでGoogleマップを見てみると

ありました。
セルビア人からも知られていない未知の国アンドラ。

今回はセルビア・ベオグラードでの初日をお話ししましたが、次回、東欧旅行記②:キリスト教の歴史と、宗派による違いではちょっと「宗教」についてお話しします。