「理由を気にしすぎる人は行動できない人になる」という記事を噛み砕いてみた感想

はあちゅうさんの「理由を気にしすぎる人は行動できない人になる」という記事を読んで、自分なりに噛み砕いてみました。

たとえば、
「何色が好き?」ときかれたとき、「紺が好き。」と答える。
「理由は?」ときかれたら「好きだから。」と答える。
「好きだから、は理由になってない。」と言われたので、「じゃあ、落ちついた色でどんな色にでも合うから。」と答えた。

これはもはや、好きな”理由“ではなく”特徴“のように思えます。
紺色の特徴は?と聞かれたときの答えときっとイコール。

就活のエントリーシートを書くのにはとても苦労しました。
自分ではこの会社に入りたい理由を書いていたつもりが、気づいたらこの会社の特徴を並べていただけでした。

さっきの質問の”色”を、”決断選択“にたとえるとしたら、
理由に見せかけた”特徴”は、”決断を実行したときに一般的に考えられるメリットとデメリット“と言い換えられるかもしれません。
そのメリットとデメリットは、自分が決断・選択した理由とは必ずしもイコールだとは限らないと思います。

「こんなものがあったらいいな」
「こんな社会になったらいいな」
「こんなことで社会に恩返ししたいな」

というふっと心の中に芽のように湧いた気持ちを
実現させるのに、そんなに大きい理由って、いるでしょうか?

いつも行動できない人は、とかく、理由にこだわりすぎる。
結果、行動できない人になるんです。

http://lineblog.me/ha_chu/archives/51967553.html

「英語がしゃべれるようになりたい、という自分の中に湧いた気持ちを実現するために、留学したい。」

「なんで?」と人に聞かれる。
「なんでお金かかることわざわざするの?就活はどうするの?やろうと思えば日本でも勉強できるよね。それに1年ずれるから 戻ってきても友達と別れちゃうね、ていうか今海外危ないよ。」

たくさんの”行かない理由(デメリット)”を前に、まぁごもっとも。留学断念。

大学のとき、わたしはあまり口には出していませんでしたが、なんとなく留学したいな~という思いがありました。
なぜ口には出していなかったかというと、上のようなやりとりを自分の頭の中で完結させていたから。

やりたい理由を探しているうちに、やらない理由がたくさんでてきて、結局行動に移せなかった。

理由というのは、自分のなかから湧き出てくる思いや感情ではなく、世間一般でいう一つの見方外向き表向き専用のものかもしれません。

本当にやりたかったら、きっと理由なんか探さずにやるんだろうと思います。
紺色が好きな理由が見つからないからって、紺色の服を着ないわけではないんだし。

たとえばプレゼンなんかで周りの人も巻き込んで決めなきゃいけないときには、人を納得させるだけだけの外向けの理由が必要だと思います。
でも自分一人で決めてしまってもいい場合には、それほど理由は重要ではなく、理由を考えてしまっているのならそれはもう外向けのものでしかないかもしれません。

でも、そうはいっても理由もなくものごとを決めてしまうのにはなぜか抵抗があるし、不安定に感じてしまいます。

理由もなく物事を決めるのは本能で、それに理由を求めてしまうのもまた本能なのか。

「なんで?」が口癖の人は、なんでなんでマンになるのはやめて、
まずは未来へ一歩踏み出してみると、見ていた世界は変わるのでは。

自分の中の小さなわくわくを
もっと本能的に信じてよいんじゃないかなー。

http://lineblog.me/ha_chu/archives/51967553.html

やらない理由を考えずに、やるための方法を考える。
わたしもすこしずつ考え方を変えてみようと思います。