マイルールを家族ルールにしてはいけない

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おおらかな妻でいたいし、やさしい姑になりたい

我が家は、働きに出ていないわたしが家事をしている。
そこに男女の区別はなく、 もしわたしが働きに出ていたとしたら、当然夫が家事をしていただろう。

夫は、学生のころから一人暮らしをしていたし、料理が趣味ということもあり、会社が休みの日は進んで家事をしてくれる。
仕事のある日でも夕飯の食器はだいたい自分で洗うし、わたしの具合が悪いときには自分でお弁当を作って会社に行く。

ただ、今は家の中のことはわたしがほとんどやっていて、家のことはわたしのほうが詳しい。
毎日家事をする中で、自分が試行錯誤をして効率がいいと思ってやっている洗濯物の干し方やしまい方、食器の乾かし方など、こだわり、つまり細かい“マイルール”がある。

そのせいで、夫が家事をやってくれるときに、「そうじゃない、それはちがう、こうやるのがいいんだよ」と偉そうに言ってしまうことがよくある。



わたしはConobie[コノビー]という子育てに関する情報サイトを見るのが好きなのだが、その中で、”子供が産まれたら、旦那は学生新人バイトだと思え。”というアドバイスがあった。
(参考記事:「自分で考えて、察して!」ママのイライラを解決する「旦那=新人アルバイト」という考え方

このアドバイスは、多くの人の共感を得ていて、みんな同じことで悩んでいたらしい。
この記事は産後の話だが、わたしにも少し共感できた。

子育ての話ではないので少し話はずれてしまうが、我が家で最近起こったことについて思うことがあった。

ついこの間、夫に「タオル片付けて」と言ったら片づけてくれたのだが、あとで見てみると、向きがわたしがやってほしかったのと違う。
上の写真のように、折り目の背をこちらに向けて、取り出しやすいようにしてほしかった。
いつもなら夫を呼んで「ここはこうするの!」と言っていたところだが、この日はグッとおさえて、タオルもそのままにしておいた。

きっとここで文句を言ったり、無言で直したりすることに慣れてしまうと、
将来夫婦2人で子供を育てていく中でも、細かいことに対して「なんでちゃんとやってくれないの?」とイライラしてばっかりだし、
もっと先に姑になっても、きっと嫁に嫌な思いをさせてしまう。

マイルールを家族ルールにしてはいけない。
タオルがしまってあれば、向きなんてどっちでもいいじゃないか!!

「タオルはこんな風にしまったほうが使いやすいよ」と優しく教えてあげるのはいいと思う。
ダメなのは、自分が勝手に作ったルールに従ってないだけなのに「やってくれたけど違うんだよな~」と思ってしまうこと。
別に、違ってはいない。

偉そうに言ったけどまぁ、わたしも夫にかなり言われる。
わたしはこだわりはありつつも、気にしないところは気にしない。
けっこうガサツな女なのだ。

トイレのふたは閉めてとか(え!閉めるもんなの!)、コロコロをソファの上に置かないでとか(ソファーの上もコロコロするのに・・・)、ソファー・布団の上に立たないでとか(なんで!)、わたしからしたらそれ必要ある?と思うこともよく注意される。



それぞれ別の環境・教育の下で育ってきた人たちなので、一緒に住みはじめると、いままでの自分の生活との違いが目に付くようになる。
そして自分の中では常識であることを、当然のように相手に押し付けてしまう。
(時に相手の常識ではなく、自分だけが知らなかった世間の常識というときもある)

同棲をはじめた当初は、「これが常識だろ」「こうするのが普通でしょ?」と小さなことで言い合いになった気がする。
結婚してからはだいぶ落ち着いて、共通のルールみたいものが出来上がってきてはいるが、今度はわたしが主に家事を担当することで、わたしが作った新ルールが生まれてきている。

きっと誰もがやっているうちに試行錯誤をしながら、できるようになる。
効率のいい方法を教えてあげるのはいいけど、口うるさく言って強制する必要はない。

これからは、明らかな間違いは注意しつつも、タオルのしまい方などという細かすぎるマイルールは押しつけず、もっとおおらかに、臨機応変に生活を共にしていきたい。

そしてこういった意識を、女性から男性、妻から夫などと一方的ではなく、双方が持てたらスムーズに同居生活が進むと思う。