ハノイでベトナムを学ぶ① 中国とフランスの影響

シュンです。
日々学ぶことが多くて溺れそうです。

溺れないようにちょっと整理しておきます。

総人口6億人を抱える巨大な地域となった東南アジア。タイ、ベトナム、カンボジア、ラオス、マレーシア、シンガポール、ミャンマー、フィリピン、インドネシアの9か国の地図と統計データです。
2016 世界一周 ベトナム
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ベトナムを学びたい

今回でベトナムに来たのは3回目、3回目にして初めて首都のハノイに来た。
いい加減、ベトナムについて学ばないとなと思って歩き回った。

そしてハノイ滞在中に思ったこと。
ベトナムについてよく知るためには、中国とフランスからの影響を考えることが必要なのではないか。

ベトナム旅行といえば、「アジアに居ながらにしておしゃれなヨーロッパ風を感じられる」みたいな言われ方が多い気がする。

もちろん仏領インドシナとして植民地支配をしていたフランスの影響は大きいと思う。
でも、それ以前の中国とのつながりも大きいんじゃないか、と感じることも多かった。

だから今回は、「中国の影響」と「フランスの影響」という2つの視点でベトナムについて考えた。

中国の影響

ベトナムを旅していると、「フランス統治時代の~」というフレーズを良く耳にする。
でも実際にハノイの街を歩いていると中国との類似性、共通性を感じることも多かった。

それは僕たちが今回、中国から陸路でベトナムに入ってきたからという理由もある。
中国を旅していて、中国の特徴や風習に敏感になっている状態で、隣国であるベトナムに来ると、「ここが似てる」、「ここが違う」と気づくことがたくさんある。

まさにそれこそが今回の旅で感じたいと思っていたことの一つであり、本当に面白いと思うことだ。

ベトナムという国号

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ベトナムは歴史的に、常に中国を意識せざるを得なかったと思われる。

なぜなら、1802年に阮福暎(グエン・フック・アイン)が阮朝を開くまで、ベトナムの歴史は「北の大国」である中国からの支配の歴史であったからだ。

阮朝が中国からの独立を果たした際、「南越(ナムベト)」という国号を中国に求めたが、認められず、「越南(ベトナム)」という現在の国号となった。

阮朝は「北の中国(清朝、北朝)に対して南の南越(阮朝、南朝)」という対等な国家という立場を確立しようとしたが、清朝としては「越が南に国を作っただけ」という、あくまで朝貢国とする姿勢を取るため、南越を認めず越南としたという説がある。

ちなみに、「越」は現在のベトナムの人口の大半を占めるベト(キン)族を表している。

ベトナム(特に北部)は古くから実質的に中国の王朝の支配下・影響下に置かれていて、だからこそ他の東南アジア諸国に比べて「中国っぽい」と感じることが多いようだ。

ベトナムの歴史を学ぼうとすると、出てくる王朝は「李朝」や「阮朝」など漢字表記である。
キン族の人名は、漢字で見ると中国人や朝鮮人と酷似している。

ベトナム建国の父であるホーチミン氏が、ベトナムの解放・独立を国際的に訴えていたときに一時期使用していた名前のグエン・アイ・クォックの漢字表記は「阮愛國」。

読めるし意味も分かる・・・(中国語の愛国のベトナム語読みがアイ・クォックで、意味も愛国になるのかな?と思ったけど関係ないのかも。不明。)

ハノイとタンロン

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ハノイという地名も、中国風の読み方である。

「ハノイ」は漢字で書くと「河内」になる。
この「河内」とは、「紅河とトーリック川の2つの川の内側にある街」というのが由来である。

つまり、中国語である。
(ちなみに、中国とベトナムの国境の一つである雲南省の「河口」はハーコウと読む。ベトナム→中国のときに河口の国境で入国して知った。)

ハノイと呼ばれるよりも前に、この地は昇竜(タンロン)と呼ばれていたことがある。
昇竜の呼び名の由来は、11世紀に李朝を開いた李公蘊(リー・コン・ウァン) が船でハノイに来た際、竜が昇っていくのが見えたからだとか。

それ以来、阮福暎が中部のフエに遷都するまでの約800年間に渡り、幾つかの王朝によって使われた城の跡地が、現在は世界遺産のタンロン遺跡として公開されている。
この「竜が昇っていく」というエピソードは実に中国風だなと思った。

ホアンキエム湖

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ハノイ旧市街の近くにあるホアンキエム湖にはこんな伝説が残っている。

黎朝の初代皇帝が明との戦いの際に、湖の剣を用いて勝利した。
その後、湖の亀に剣を返すように言われ、湖に浮かぶ小島で返還した。
だから、ホアンキエム(還劍)と呼ばれている。

文廟

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文廟は孔子廟とも呼ばれ、その名の通り孔子を祀っているところである。
文廟は中国を始めとした東アジアの各地に数多く存在している。

孔子は儒教の始祖であり、儒教の思想(仁や礼など)が朝鮮半島や日本に広まったのと同様に、ベトナムにも影響を及ぼしたのかも知れないと思った。

ちなみに、ベトナム建国の父・ホーチミン氏も幼少期に孔子の「論語」を学んだという。
とにかく、ハノイに文廟があるということは、ベトナムが中国文化圏であったということを感じる材料の一つになるのである。

▼他にも中国風の建築は街なかに多く見られた。
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大乗仏教

ベトナムの仏教は、中国や日本、朝鮮半島と同じ大乗(北伝)仏教である。
他の東南アジア諸国(タイ、ラオス、カンボジア、ミャンマーなど )の仏教は、上座部(南伝)仏教である。

儒教思想や大乗仏教、漢字など「中国文化圏」という見方をすると、日本とベトナムにも多くの類似性、共通性があるのかもしれないと思った。

フランスの影響

阮朝のベトナムが中国支配下からの独立を果たしたのも束の間、同じ19世紀中に今度はフランスのアジア植民地である仏領インドシナに組み込まれてしまう。

その後は第二次世界大戦中の日本軍による占領を挟んで約80年もの間、フランスの支配下に置かれていた。

食文化

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僕を含めた多くの観光客にとって、フランスの影響を強く感じるものは主に食文化ではないだろうか。
ベトナムにはフランスの影響を受けたコーヒーやパンの文化が定着している。

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ベトナムのコーヒーはロブスタ種が多いが、焙煎は俗に言うフレンチロースト風の深煎りで、抽出もフランス式のフィルターを用いる。

コーヒー豆にはニョクマムやバター、チョコレートなどで香り付けがされるという話もある。
そして、ベトナムコーヒーはコンデンスミルクと混ぜて飲むのが一般的である。

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パンといえば、バゲットで作るサンドイッチ(バインミー)が有名。
ベトナムのバゲットには米粉が入っているらしい。

バインミーの具材にはレバーペーストやベトナムハム、なます、きゅうり、肉でんぶ、パクチーなどがあり、ニョクマムやチリソースなどで味付けがされる。

コーヒーとサンドイッチというと、どこにでもありそうな取るに足らない組み合わせのように聞こえるかもしれない。

でも個人的には、ベトナムコーヒーとバインミーはフランスとベトナムの食文化の融合が産んだ最高傑作であると思う。

食べ物が好きな人ならば、この2つだけでベトナムのことが大好きになる人もいるのではないだろうか。

国語(クオック・グー)

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食べ物とは違って、あまり有名ではないのがクオック・グーについてだ。

ベトナム語の看板を見ると、タイ語やラオス語と違ってアルファベットが使われていることが分かる。
この現在のベトナム語のアルファベット表記も、フランス統治時代に定着したものである。

アルファベット表記を使用する前は漢字が用いられていたが、ベトナム語の発音を漢字で表すのは難しかったため、大衆には広まらなかった。

アルファベット表記は、17世紀にフランス人の宣教師がベトナム語をアルファベットで表したものがもととなり、19世紀の植民地化後にベトナムにおけるフランス語教育の補助的役割として、フランス当局によって本格的に導入された。

これは、はじめはベトナム人に受け入れられなかったものの、知識人の間で徐々に受容され、現在では國語(クオック・グー。日本語の「こくご」という読み方に似ていると思う。)として、ベトナム語の正式な文字表記となっている。

フランス語と同じように、アルファベットに補助記号を付けたものも使う。

建築物

ホーチミン(サイゴン)と同じように、ハノイにもいくつかフランス統治時代の建築物がある。
ハノイを観光するときにはきっと誰もが何気なく訪れるであろう場所。

ハノイ大教会

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パリのノートルダム大聖堂にそっくりだなと思っていたら、やっぱりモデルにしていたらしい。
フランス統治時代に建てられた建築。

ロンビエン橋

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この橋もフランス統治時代に作られたもの。
エッフェル塔の設計を担当したフランスの建築家ギュスターヴ・エッフェルの設計とも言われている。

ホアロー収容所跡

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フランス統治時代にベトナム人の政治犯などを収容するために作られた。
現在は建物の一部のみ保存され、博物館になっている。

劣悪な環境で恐怖に晒されていた沢山のベトナム独立活動家の姿から、植民地支配の凄惨さを感じる。

ベトナム大統領府

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元々はフランス領インドシナ総督官邸として建てられた。
現在、内部は公開されていない。

さいごに

あまり思ったような記事が書けなかったけど(苦笑)、「ハノイでベトナムを学ぶ②」ではベトナム戦争について書こうと思っているので、そちらも読んでいただければ。

以前ベトナムに行ったときから気になっていること。ベトナムのお母さんたちは"セットアップ"を着ている。どうして?
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