【2017 インド㉒ バラナシ】他人の母に抱かれる

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シュンです。

モロッコはねこ天国です。
今日宿に来た子猫からミルクの匂いがして、はあってなりました。

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ガンガーで川遊び

2017/4/29 バラナシ

朝7時に起きた。今日はガンガーに入ってみようと思っている。
宿から近いので、ベタにダーシャシュワメードガートに向かう。

近くで川の水を見てみると、意外と、あまり汚くない。
臭くもないし、なんともない。

周りには沐浴をするインド人がたくさんいる。
こんなところで「沐浴体験!イェーイ!」みたいなことはしたくない。

だけど、この先の人生で聖なる川ガンガーに入ることはそう多くはないだろうと思うので、記念に写真は撮っておきたい。

恥ずかしいけど、写真は撮っておこう。
外国人が鎌倉の大仏の前で写真を撮るのと同じだよな、きっと悪いことではないはずだ。

僕はヒンドゥー教徒ではないし、ガンガーを母だとは思っていない。
だから祈りは捧げないし、やっとここで沐浴ができる、という思いもない。
むしろこれは(宗教的な意味での)沐浴ではない。単純に頭まで浸かって、少し口に含んでっていうのを何回かしただけだ。

これは、僕がインドやバラナシをより知るために必要なことかな、と思ってやった単なる川遊び。
やっぱりバラナシとガンガーは切り離せないし、ガンガーと言えば沐浴。
だけど僕はヒンドゥー教徒ではないので、宗教的な意味を持った正しい沐浴はしたくない(できない)。

もちろん、僕の罪は洗われない。
そもそも罪の意識なんて持っていない。

ということでただ潜ってみることにしたんだけど、これをメインガートでやるって今考えてみたら失礼だったかもしれない。

どちらかと言えば、子どもたちと一緒に飛び込んだりして川遊びをすればよかった。
こんな気候だし、水がすごく気持ち良い。

昔、「バラナシには人の生と死のすべてがある」という話を聞いた。
実際来てみて、たしかに多くがあると思った。

死体や灰を流す火葬場の近くで水遊びや沐浴をしているし、そのまた隣では洗濯をしている。
顔も口も手もそこで洗うし、生も死も病原菌も糞尿も洗剤も、誰も何も気にしていない。
生と死というよりは、もっと身近な暮らしというか。

こういうふうなことを考えながら、ここに住む人、ガンガーやバラナシを聖地だと思って沐浴をしに来た人たちに混ざって何度か潜るうちに、すこしだけ自分オリジナルのガンガーとバラナシを感じることができた。

彼らの母に抱かれることによって、彼らの思考回路、常識、気風をまたすこしだけ、わかったような気になった。

聞いた話の中だけの「インド人はうるさい、バラナシは汚い、ガンガーは汚ない」。
数日パッと見ただけで、やっぱり汚え、インド汚え!で終わりにしたくはなかった。

ちゃんと自分の目で見て、耳で聞いて、鼻で嗅いで、肌で触れて、そして舌で味わって。

不思議な匂いに包まれた街を歩き、訛りの強いインド英語を聞き、ダルでライスを胃に流し込む。
そしてチャイを飲み干し、素焼きのカップを叩きつける。

自分の五感で感じて、咀嚼して、思考して、何度も思考して、自分の中のインドやバラナシ、ガンガーを見つけたかった。

まあそれはバラナシに限ったことではないけれど。

世界は広くて、まだまだ知らないことばかりだ。
旅だけでは知ることができない。
でも、旅は少なくとも色々なことを知るきっかけにはなる。

だから僕は旅が好きだ。
いつも新しい知識を与えてくれて、新しい世界に出会える。

と長々と書いておいてなんなんだけど、ガンガーに入ることなんて、なんのことはない。
服を脱いで川に入るだけ。
後で具合が悪くなるぐらい。

そしてガンガーに入らなくても「自分のインド」を見つける方法はたくさんある。

帰りに、イケメンおっちゃんの店でプーリーサブジとバタルサンドを食べながらチャイを飲み、シャワーを浴びるために宿へ戻った。

明日はバラナシを出てアーグラに向かう予定だ。
バラナシ・ジャンクション駅にチケットを買いに行く。

メイは腹痛で、宿で休んでいる。
この頃から、交代で誰かしらが体調不良だった気がする。

しょうへいと2人で、ゴードウリヤーの交差点からリキシャーで駅へ向かう。
何人かのリキシャワラと交渉して、50ルピー(約85円)で行くという人がいたので乗り込んだ。

駅に着いて、50ルピーを支払うと、100ルピー(約170円)だと言われる。
こういうことする人がいるから、インドはうざいって言われちゃうんだよ…

「インドはうざいのか?問題」のくだりは前々回の記事に書いたので省略するけど、このリキシャワラが「言われる側の問題」。
ただ、インドではこれは普通のことでもある。

バラナシで、日本から来た友人と合流。マニカルニカーガートの火葬場近くで会ったじいちゃんの話。

50ルピーで乗せて、降りるときに100ルピーだと言う。
これが普通だと分かっていれば、普通に50ルピーを払って去るだけだ。

たぶん後ろから怒鳴られることになる。
個人的には笑顔で終わりたいが、インドではこういうときもある。

こういうときもある。
だから、僕はインドをうざいとは思わない。
これがインドだから。

50ルピーだけ払い、外国人用チケット売り場へ向かった。

明日のアーグラ行きのチケットを買い、近くの食堂で40ルピー(約68円)のターリーを食べる。

リキシャワラと交渉して宿に戻る。
今度はしょうへいが体調不良になったようで、寝ている。

ああ、次は自分かもしれない。

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