フィリピンのストリートチルドレンに会ったことで、わたしの中に起こった変化

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2015年9月にはじめてフィリピンのマニラに行った。

マニラについて調べるとたいていいい情報は入ってはこない。
スリ、ぼったくり、強盗、麻薬、路上生活者・・・・・とにかく評判が悪い。

でも、そういうところなんだなってわかって行動していたからか、現地に着いてから発つまで特段困ったことはなかった。

思ったより普通じゃん、と。
むしろみんな笑顔が可愛くて、人懐っこい良い人たちばかりだった。

ただ、わたしの想像を超えてきたのは、ストリートチルドレンの数だった。

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フィリピンの現状

それまで行ったことのあった東南アジアは、カンボジアのシェムリアップ、タイのバンコク、ベトナムのホーチミンとフエ、ラオスのヴィエンチャンとルアンパバーン。

特にバンコクの中心部ではひどい貧富の差は感じたが、これらの都市でストリートチルドレンはあまり見たことがなかった。
でもマニラはそれらとは明らかに一線を画していた。

パリは子供が12歳まで一人歩きはさせてはいけないというルールがあるらしいが、ここではほとんどの子供が一人歩きに見えた。もしくは子供たちだけの集団で歩いていた。

街のいたるところに薄汚れた服を着ている子供たちがいる。
大人用の服を着ているためサイズが合わず、ワンピースのようになってしまっている子も多い。
3歳くらいのかなり小さい子供は服などは着ずに裸んぼう。
そしてほとんどみんな裸足。

人口6億人。多民族、他宗教入り乱れる東南アジアの地図と統計データ。
総人口6億人を抱える巨大な地域「東南アジア」(タイ、ベトナム、カンボジア、ラオス、マレーシア、シンガポール、ミャンマー、フィリピン、インドネシア)の9か国の地図と統計データです。

ストリートチルドレンとは

そもそもストリートチルドレンはどういう子供たちをいうのだろうか。

都市の路上で寝泊まりをしたり、生きるための活動をしている子どもたちのことをいいます。
【4つのカテゴリー(USAIDによる分類)】
1 家がなく、家族からの支援もない子供たち
2 定期的に家に帰るが、ほとんどの時間を路上で過ごす子供たち
3 家族自体がホームレスで、家族とともに路上で生活している子供たち
4 保護されているが、路上生活に舞い戻る可能性のある子供たち

(ボランティアプラットフォームより引用)

もしかしたら、わたしが見た子供たちの中には、外に遊びに来ている普通の家庭の子供がいたかもしれないと思ったが、夜になっても公園で子供たちだけで集まっていたのはストリートチルドレンで間違いないだろう。

▼暗くなっても子供たちだけで遊んでいる。streetchildren4

ストリートチルドレンの行動

基本的にこちらに危害は加えてこないが、一回だけストリートチルドレンの男の子が、現地の中高生のスマホを引っ張って盗ろうとしているのを見た。

しかし本気で奪い取ろうとしていたようにも見えず、学生も「またか」といったように、むりやり追い払うわけでもなく対応していた。
男子学生のまわりには友達が6人くらいいて、その友達らも特段目立った反応はしていなかった。

おそらくストリートチルドレンの男の子は「粘ったら諦めて、もらえるかも」という気持ちか、「スマホでもなんでもいいから何かくれ」という意思表示だったのだと思う。
子供でも、自分より10歳も年上の人の集団に、ひとりで勝てるわけがないとわかるはずだから。

外で食べ物を食べていると、「それくれ」と手を差し出してくることがあった。
残ったスナック菓子を渡している人もいた。

ここでは、日本のホームレスのようにいないものとして無視をするわけではない。(そもそも日本のホームレスは物乞いなどしてこない。)
こうやって、手を伸ばせば少しだけお金や物がもらえるから、ストリートチルドレンでもなんとか生きていけているのだろう。
そうやって普通に生活している人と共存しているように見えた。

わたしの対応

食べ終わって捨てようとしている飲み物や袋のゴミをくれ、と言ってくることが何度かあった。
自分が食べ終わったごみを渡すのは、気分的によくないものだ。

日本人としては、相手がどんな人であれ、人にそれらをあげることは失礼な行為であると思っていたから、渡すのに躊躇した。
それでも渡すと、とても嬉しそうな顔をするので、複雑な気持ちであふれる。

駅前で手を伸ばして座っている子供に、そのとき持っていた小銭を渡したとき、その子はまったくの無反応だった。
ほかの子供はなにか渡すと子供らしく喜んでくれていたのに、その子だけは違っていたので、あの無気力な表情が印象に残っている。

下の写真の子は、私たちが買っているそばから欲しそうな目で見てきたので、4分の1くらいを残して渡したら、おそらくお父さんと思われる人の店に戻って飲んでいた。

お父さんは飲みかけをあげた私たちに何を言うわけでもなく、笑顔でいた。
マーケットでお店をやっている家庭でさえ貧しいということなのだろうか。

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泊まったホステル近くのコンビニの入口で、4人ほどのストリートチルドレンが待っていた。
あそこで待つのはずるいと思いつつ、子供に配ろうと日本から持ってきた飴と、昨日買って余った果物を渡すとみんなはにかんで喜んでいた。

すると小学校中学年くらいの子供も寄ってきてしまったので、さすがに飴じゃ満足してもらえないだろうと、捨ててもいいと思って持ってきていたポロシャツをあげたら、とても喜んでくれた。

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わたしの中の変化

今までわたしは物乞いをしてくる人たちにお金や物を差し出すことはほとんどなかった。
どう対応すべきかわからなかった。

・何でもあげるのは良くない気がするし、なんの解決にもならないからあげない。
・一人にあげて、たくさん寄ってきてしまったら困るのであげない。
・ごみをあげるのもなんだか気が引けるし、自分が偉そうだからあげない。

今まではこう思って、申し訳ないと思いつつ目をつぶっていた。

でも今回初めてここまでの数のストリートチルドレンを目にして、さすがに無視できなくなってきた。
そして今までの自分の考えは、もしかしたらただのエゴだったんじゃないのかと思った。

もし自分がストリートチルドレンだったら、なんでもいいからなにかほしい。
何も食べてないし、暑くて死にそうだから、飲み終わった後の氷でもほしい。
そう思うんじゃないかと思った。

わたしが彼らにものをあげるという行為が、世界全体の貧困の解決につながらなかろうが、他に子供がたくさん寄ってこようが、わたしが偉そうだと思われようが、ストリートチルドレンにとってはまったく関係のないこと。

少しでもお金や食べ物がもらえれば、うれしいから笑顔になる。
それだけでも大事なことなんじゃないかと思った。

自分も余裕のある生活をしているわけではないので、今回は持ってきた飴やいらない洋服しかあげられなかったけれど、無理のない範囲で子供たちを喜ばせてあげたいなと思った。

▼ジョージアでマニラ在住の人に話を聞いた日。現実はそんなに甘くなかった。

【2017 ジョージア④トビリシ~クタイシ】サメバ大聖堂、市場、アジャルリ
サメバ大聖堂に行った後、ステーションスクエアの市場へ。昼食はアジャウリで、夕飯はオーナーにチュクメルリを作ってもらった。翌日クタイシへ移動し、有名宿にチェックイン。

未来のこと

確かに小銭や飴や服、いや、一人ひとりにそこそこのお金を配れたとしてもなんの解決にもならないのは事実。
使って終わり。またきっと一文無しのストリートチルドレンに戻るだろう。

本当なら、お金よりもお金を稼ぐための「道具」をあげられたらいいと思った。
考えたのは、編み物セットや靴磨きセットなど。

働いてお金を稼ぐっていうサイクルがないと、ただお金やものをもらって消費するだけの一方通行で終わってしまう。
実際に女性に編み物を教えて、それをフェアトレードとして販売している団体もいくつかある。

この状況を改善していくためにはきっと膨大なお金がかかるので、国または世界全体をあげてなんとかしないと解決しないと思う。
フィリピンの格差社会のてっぺんにいる大金持ちたちは、自国のためになにか対策を考えてはいないのだろうか。

どうしても人任せになってしまうのが悔やまれるが、わたしにもできることがあればしたいと思っている。

これを読んだ人にも、世界のストリートチルドレンや貧困について考えるきっかけになればいいと思う。

サパの少数民族について、思うこと
トレッキングや、少数民族に会えるということで人気のベトナムの避暑地ですが、思うことがあったのでここに書いておきます。

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