メイです。
世界旅行記、2017年8月のアルメニア編です。
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兄弟げんか
2017/8/30 アルメニア エレバン
朝起きて、あ~ちょっと二日酔い。
身体がダルい。
シュンは眠気と頭痛があって、こうきも少し頭痛。
3人とも具合が悪い。笑
昨日はビールもウォッカもワインも全部飲みきったし、ちゃんぽんだったもんね。
いやしかしあれだけ飲んで食べて1人450円とは最高。
▼朝食はメロンだけにしておいた
シャワーを浴びに行った。
受付のおばちゃんが、今日はケーキとぶどうをくれた。
前もキャバブをくれたけれど、私たちだからくれるのか、余ったからくれるのかはわからない。
ぶどうの皮を残していたら、「なんで食べないの!皮も食べられるわよ!」と言われたけれど、渋いんだもん。
ありがとうおばちゃん。
シャワーを浴びて宿に戻るあいだに、すでに汗が……。
昼ごはんは昨日のケバブサンドの残り。
この肉、おいしいんだけどしょっぱいんだよなぁ。
ケバブを食べながら、リダの孫のカルロスとアラムの兄弟ゲンカを眺める。
この2人、暇さえあればケンカをしている。
兄貴が反抗期なのかいつもムスっとしていて、少し賢い弟が気に入らないのかな、なんて思っていたらナイフがすごい勢いでこっちに飛んできた、危なっ。
ナイフを投げてダーツ的なことをしている途中にナイフの取り合いでケンカになったみたい。
やめなさいな~まったく。
アルメニア歴史博物館
さ、そろそろ今日の観光に出かけるかというところで、シュンがまだちょっと頭痛が残っていてあと10分だけ寝たいという。
そんなんで治るんかいな。
……治った。
出発。
▼ソフトクリームがとても安い
▼共和国広場。広くてきれいだけれど、日差しが強すぎるからか人があまりいない。
▼アルメニア歴史博物館
アルメニア歴史博物館。
入場料は一人2000ドラム。
きれいで立派な博物館だ。
中に入ると客は私たちとあと2人くらいで、監視員のおばちゃんたちのほうが圧倒的に人数が多かった。
そのせいで、私たちが展示室を移動するごとに、かわるがわるに監視員のおばちゃんがじーっと監視してきて気まずかった。
なにも盗まないし盗撮もしないからあんまり見ないで……
それにしても、監視員のおばちゃんたちが全員同じ体型でおもしろかった。
違うおばちゃんのはずなのに、目の端で見ると同じ人に見える不思議。
展示は、石器時代など古代のパートが多く、中世はあっさり終わり、いつのまにか虐殺、そして現代へという流れ。
この博物館のみどころのひとつである「世界最古の靴」は、現代の靴とそこまで大差がないせいか、あ、うん、という感じだった。
特段感動がなかったのは、逆にすごいことだったのかもしれない。
参考世界最古の革靴、アルメニアで発見 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト
博物館を見終わり、次の目的地まで歩く。
▼子供にとってはめちゃくちゃに楽しいであろう公園
▼大人にとっても。笑
聖グリゴル・ルサヴォリチ教会とアルメニア教会
聖グリゴル・ルサヴォリチ教会に到着。
大きい。そして無駄のないデザインがかっこいい!
▼おもちゃみたいにも見える
中に入ってみると、明るく開放感があり、意外に簡素。
きれいだけれど、ゴージャスではないという感じ。
前に舞台みたいなところがあり、なんというか、会館みたいで神聖な雰囲気はあまりない。
アルメニアの宗教について調べたので、自分なりにまとめる。
ちょっとむずかしい話だけれど……。
●アルメニアの宗教
アルメニア人のおもな宗教は「アルメニア使徒教会(アルメニア教会/アルメニア正教会)」。
アルメニアは、4世紀に世界で初めてキリスト教を国教と定めた国だ。
キリスト教世界の分け方のひとつに「カルケドン派」か「非カルケドン派」か、というものがあり、アルメニア教会は非カルケドン派に分類される。
これは5世紀にカルケドン公会議で、イエスキリストが神性と人性の両方を持っているとする「両性説」が採用され、それを認めた宗派をカルケドン派と呼び、認めない宗派は異端として排除されたという経緯に基づく。
両性説とは、
キリストの人性は神性に吸収されてしまったのではなく、その二つの本性を、混合することも分かれることもなく、唯一の位格の中に有するという思想
イエス・キリストは神性を持つ(すなわち完全に神である)と同時に人性も持つ(完全に人間である)という考え方
(引用:Wikipedia、Wikipedia)
カトリック、プロテスタント、東方正教会(カルケドン派正教会/正教会/ギリシャ正教)など、ほとんどの宗派はカルケドン派だ。
アルメニア教会は、カルケドン派からは「単性論」教会だと言われることがあるが、アルメニア教会はこれを否定していて、「合性論」を主張している。
合性論とは、
イエス・キリストの一つの位格の中で神性と人性は合一して一つに、つまり一つの本性(フュシス)になり、二つの本性は分割されることなく、混ぜ合わされることなく、変化することなく合一する
合性論の特徴は、受肉したキリストは一つの本性のみを持つが、その本性は神性と人性の両方の特質を保持しているとするところにある
(引用:Wikipedia)
……。
両性論と合性論の違いがわからない……。
カレーで例えてみると、両性論は「ルーとご飯を分けて食べるカレー」で、合成論は「ルーとご飯を混ぜて食べるカレー」みたいな感じ?
「なんで混ぜちゃうの?こっちのがおいしいし多数派だし!はいお前異端~」って感じ?(なんかこんなテキトーなこと言ったら怒られそう……。)
それともうひとつ、この聖グリゴル・ルサヴォリチ教会で気になったことがある。
それは、教会の正面中央に(一番大事だと思われるところ)に、赤ちゃんのイエスキリストを抱いたマリアのイコンが飾ってあったこと。
よく見る教会ってだいたい十字架か、はりつけのイエスキリストがいたと思うのだけど。
両派のマリアに対しての考え方についても調べてみた。
●マリアについて
カルケドン派の考え
…人間としてのキリストを産んだマリアはただの人間だが、崇敬すべき存在。
非カルケドン派の考え
…神を産んだ母。
例えば、カルケドン派のカトリックでは、マリア崇拝は禁じられている。
なぜなら、神にだけ向かうべき信仰がのはずが、マリアも崇拝・礼拝してしまうと、一神教ではなくなってしまうから。
でも、カトリック教会にも必ずと言っていいほど立派なマリア像があって、みんな崇拝しているじゃないか!と思うけれど、あれは「マリア崇拝」ではなく「マリア崇敬」らしい。
マリアに祈るのではなく、マリアを仲介者として、神への取り次ぎや共に祈ることを願っているらしい。
ちなみに、そんなカトリックをプロテスタントは偶像崇拝だと批判している。
一方、非カルケドン派は、マリアを神の母だと考える。
つまり、マリアを普通の人間ではなく信仰の対象?のように扱う。
アルメニア教会がマリアを崇拝しているかまではわからなかったけれど、教会に行ってみてマリア崇拝の色が強いように感じた。
これで両性論と合性論のちがいが少しだけわかった気がする。
17時になり、聖歌が始まった。
何人かが歌いながら手を上に上げて、祈りながら歌っているように見えた。
敬虔な人が多い感じ。
やっぱり今まで訪れたことのある西ヨーロッパのキリスト教会とはだいぶ違うなあ。
しばらく座って見ていた。
ビールと迷子
教会を出て、メトロでサスンティ駅へ向かう。
駅の表示はなんて書いてあるか分からないし、英語表記もないのでいつも迷って人に聞く。
▼簡単に偽造できてしまいそうな切符代わりのコイン
カルフールでビール、米、パン、カレー粉など購入。
米は最安のを選んだら本当に安かった。お惣菜も安すぎる……!
ザリガニも生鮮コーナーにあった!
でもこれはちょっと高いな。
今は宿に一緒にわいわい食べる人もいないしやめとこ。
買い物を終え、駅の近くでチキンキャバブ(350ドラム)と生ビール(400ドラム)。
▼店員さんがわざわざ写真撮ろうか?って聞いてくれたのでお願いした
さてそろそろ帰るか、と思ってマルシュルートカに乗ったけれど、なんだか方向が違う。
リダの家の情報ノートに、この番号で帰れるって書いてあったんだけどな。
降りて、また違うマルシュに乗ってみる。
でもこれも違うっぽい。
え~ん。
マルシュで隣に座っていたおじさんに聞いたら、周りの2人も協力してくれて、「ここで降りて、あそこにあるメトロに乗って1駅だよ」と教えてくれた。
ありがとう!
言われたとおりマルシュを降りると、車内で話を聞いていたであろうおばちゃんが、「わたしも同じメトロに行くから付いてきなさい」と言って一緒に行ってくれた。
降りるところも教えてくれて本当に親切。ありがとう!
リダの家の情報ノートは古すぎたな~。
400ドラムも無駄になってしまった~。
あ~疲れた。
でも市場に寄って夕飯の買い物。
イランにいたときに、キュウリだと思って買ったものがズッキーニだった反省から、今日はお店の人に「ズッキーニ?」と聞いて買ってみたけれど、宿に戻って切ってみればキュウリだった。なぜ!
海外のきゅうりが大きくて太いので、ズッキーニとの区別が難しい。
▼お米を炊いて、
▼トマトカレー完成
お酒を飲みながら、森田さんと旅のお話。
本当の旅好きって、森田さんみたいにこうやって10年も20年も前から1人でちょこちょこ旅を続けている人だよな~って思った。
「世界一周」って、響きだったりネタ性だったり流行りだったりするから、本当の旅好きみたいな人は少ない気がする。
それにしても、今日のリダの家の宿泊者はこの3人だけ。
昔は日本人がいっぱいいたのに今はこれだけって、なんだか切なくなっちゃうな。
部屋やトイレはきれいではないし、シャワーはないし、情報ノートは古いし、競合が増えたしで、人が減るのはわかるけれど。
やっぱり昔ほどとは言わなくとも、人はいつまででも来てほしいなぁ。
リダさんや家族がそう思っているのかはわからないけれど、収入は増えるし、少しなら嬉しいんじゃないかなぁ。
私たちはあと数日ここに泊まるので、せっかくだし新しい旅人と出会いたい。
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